Tales of the Black Forest のレビュー
妖怪が跋扈する世界で、湧き上がる闇の力が日本の町を覆っていた。夢と情熱の名のもとに、2人の開発者が平成の物語を紡ぐ和風ドットアドベンチャーゲームを制作した。
アプリID | 1093910 |
アプリの種類 | GAME |
開発者 | 拾英工作室 |
出版社 | SakuraGame |
カテゴリー | シングルプレイヤー, Steamの実績, スチームクラウド, Steam トレーディングカード |
ジャンル | インディー, RPG, アドベンチャー |
発売日 | 25 9月, 2019 |
プラットフォーム | Windows |
対応言語 | English, Simplified Chinese, Traditional Chinese, Japanese |

10 962 総評
10 731 ポジティブなレビュー
231 否定的レビュー
スコア
Tales of the Black Forest は合計 10 962 件のレビューを獲得しており、そのうち 10 731 件が好評、231 件が不評です。総合スコアは「」です。
レビューのグラフ
上記のグラフは、Tales of the Black Forest のフィードバックの傾向を示しており、新しいアップデートや機能が導入された際のプレイヤーの意見の変化を視覚的に表しています。このデータを通じて、ゲームの評価の推移を理解できます。
最新の Steam レビュー
このセクションでは、{name} の最新 10 件の Steam レビューを表示し、さまざまなプレイヤーの体験や感想を紹介します。各レビューの概要には、総プレイ時間、肯定的・否定的な反応の数が含まれており、コミュニティのフィードバックを明確に示しています。
プレイ時間:
323 分
システム:2Dマップを探索して進めていくゲーム。連続した構成の短編集的な要素を持つ全4章。1-3章は探索+ノベルゲー的な感じで、4章に入るところで唯一ED分岐が発生し(なんなら、「ここで分かれますよ!」とゲーム側がはっきり注意してくれる)、ノーマルエンドかトゥルーエンドに行くことになる。4章はほぼ探索要素は削られており、選択肢もないノベルゲーム状態になる。自動セーブ機能もあるけれど、好きなタイミングで自由にセーブすることも可能。探索で発生する謎解き的な要素はどれもイージーなものだったので、進めるのが困難ということはないと思う。データもかなり軽いタイプのゲームなので、大抵のPCなら問題なくプレイできるはずである。
グラフィック:マップ画面の雰囲気がどれも表現したいことがしっかりしていて好みだった。いわゆるノベルゲー的な立ち絵イラストも本作では活用されているので(※どのキャラにも用意されているわけではない)、ビジュアル的にキャラクター像をつかむ手助けをしてくれている。立ち絵がある女性キャラクター(というか、各章や全体を通してキーになるキャラクター)に関しては少なくとも全員美女設定なので、……そうか……とちょっと思いはするけど、お話の中で「美人であること(ないし、女であることもだけど)」がもたらす呪い・圧力みたいなものも本作では重要なものとして描かれるので、この不自然な偏りもさほど気にならない。
あらすじ:北海道で高校生活を送っていたはずの主人公は、ふと目覚めたとき、自分が幼少期に住んでいたらしい黒森町の駅構内にいることに気が付く。戸惑いながら随分と廃れて放置されている駅の中を探索するうちに、彼女はあるものをフックにして時間を移動できる能力に目覚め、ここに居た不思議な少女と共に駅を出ると、その能力を駆使して過去や現在に行きつ戻りつしながら、既に廃村となっている村を彷徨い、自分や少女がかかっている呪いやこの地域にあるらしい謎および幼少期の自分を取り巻いていたらしい過去の出来事を解いてまわることになるのだった。
+++
感想:ほどよく全体的に不気味さがありながら、ノーマルエンドはともかく、どの章も最後は何となく余韻が爽やかな救いに包まれていた作品だった。
「時代」という大きな流れの怖さというものを表現した作品になっていたと思う。それなのに特定の「誰か」に悲劇の責任を求めようとする怨嗟の渦潮の中へと作品で扱われる悲劇のキー人物でもある主人公が呑み込まれ、これを解きほぐし、抗おうとするお話。
以降、がっつりネタバレ。
根っことして全編に共通しているのは90年代頃の日本社会というものなのだけれども、そういう根っこのところからはやや距離を取ったところでどのお話でも女性であることで受ける社会的な重圧や苦しみというものを掬い取っていたのも印象的だった。ただ、主人公には特にそういった苦しみはなく、むしろ幼い時から幽霊が見えるという「異常」のせいで孤立してきたというほうに苦しみがフォーカスされているし(なんならこの高校生時点では物語開始前に既に克服している)、主人公の母親なんかも少なくとも物語上からはそういうしがらみも感じられずただ善人として存在しているものとなっている。恐らくは専業主婦として(円満関係ではあるけれども)あの夫に従ってきた妻としてもう少し事の経過を見ていて何かあっても良さそうだったので、ここが深掘りされてほしかったようにも思う。地方でやっていくにあたってもう少しいろいろなことがあったと思うのだけど、ずっと「キレイな天上の人」ポジ、美しいまま死んだ人としてのみの存在だったので。
繰り返すように本作はメインとしては90年代の日本というものを意識していて、おおよそ昭和後半~00年代前の平成までを範囲とした日本の要素が題材として作中に取り込まれている作品となっている。その中でも特にカルト集団が跋扈してテロを起こすことだとかバブル経済というものがパロディー化されている。ちなみに本作の舞台は九州地方の一地方にある村および町である。
私は本作を知った時点で作者が中国人であるということを知ってしまっていたのでそのフィルターを通してついプレイしてしまっていたため、まさか一村一品運動なんかも作中に取り上げるとはと、その話が出たときにはびっくりした。作者さん、大学も中国のものを卒業しているらしいことはこの方のSNSを通じて知ったけれど、どこでそんな細かい日本経済なり政治のことを知ったのだろう? 割かしあちらの日本経済史なり社会史みたいなので触れてたりするんだろうか。
ただ、シナリオはがっつり日本を舞台として日本の内面を作品化しながらもおおむねだいぶ違和感のない作品にはなっているのだけれど、ちょこちょこ中国の文化圏が影響しているんだろうなみたいな些末な違和感は垣間見えはしていた(娘の部屋?にクソデカ家族写真があって、必死で逃げなきゃいけない場面でそれを持ちだそうとするとかいろいろ)。ただ、ここに関しても、表向きには日本の話をしているけれど、特に現代中国も無関係ではないよねという意図があってわざとそういう共通項的なのを残してるのかなと思ったりもしたのですが、考え過ぎなのかどうなのか。スイカへのこだわりなんかも、九州地方での生産が目立たないわけではないけれども、中国での生産状況というのもあるしとか。
あと、作中でがっつり絡むことになるこの時代性に反映するあのカルト教団の立ち位置だとか、経済・社会構造関係は、がっつり日本人としてある程度詳細にその辺の知識もある身からしてみると、やや雑に話を片付けている粗削りっぽさが目立つところもあった。そのへんの題材をかなり簡便なものに集積してまとめた感じになっている。実際はもっといろんなものが長い年月をかけてそこを形作っているはずなので。これに関しては、フィクション化するにあたってあくまで昭和後半~00年代前の平成までのいろいろ(※作中に直接取り上げられないような範囲を含む)を90年代に一極集中したとしてふんわりと見ることはできるようになっているので、巧みに作品化したなあと思うところでもあるのだけれども、その辺の知識がそれなりにあるとちょっと違和感は感じるはずのものにはなっている。最後に村はダムに沈むことになりますという終わり方が用意されていたりもするのだけれど(まあ、もはやこの村の今後を終わらせるにはそうなるしかないとは思う)、これに関してもバブル崩壊後の日本が新たにそういうものの建設を進めてそんなことするかいなとは思ったりする。現実的には少なくとも村を沈めるようなダム建設というものは物語より数十年前くらいのものが多いし、仮にバブル崩壊後を跨ぐものであったとしても着工日自体はその崩壊前には既に着手されているものしか、恐らくはないはずなので。なので、あえてダムを造ることになるだけの導線みたいなのがちょっとほしかったなあとも思った。インフラ整備にしたってまさに本作が中心に据えているこの時代の日本経済史や社会史の中で重要なところにあるものなので。
さらに余談となるけれども、村の開発なんかも工場としたのもちょっと意外だった。バブルと絡めるならリゾート地とか観光地開発のほうが作品の展開的にもかなり納得度が高いものとなったはずなので。ただ、それだと父親の罪の在り方がもっと俗っぽくなってしまうからかなとも思った。あと、スイカ生産という農業という土を耕す仕事から、現代社会の歯車的な印象の強まる工場・会社での仕事(そして失敗)という対比構造にしたかったということかなとも考えてはいるけれども。
本作は、土着の神への信仰およびそこで育まれるコミュニティー→現代経済への信仰・現代社会が生み出した病の一つである新興宗教への信仰およびそこで育まれる?コミュニティーというものも重要なところに位置していて面白かった。特にこの土着の神のところにあたるものがさらに細分化されて、牧歌的で博愛的な和魂的な神→コミュニティーの中に在って自分をきちんと信仰する者は助けるが往々にして荒ぶる神的な要素が強い神(+その神の巫女の役割を果たす女性)へと村内の信仰対象が変わってもいる設定にしているのもパンチが効いていて面白かった。この過程を経てさらに村人は現代経済への信仰へと走っていくので、どんどん利己的に荒んでいく人間性というものが現れていたと思う。村はそうやって信仰対象を変えていきながら発展はしていったけど(そして最終的には破滅したけど)、着実に「終わり」へと急いで行っただけだし、しかもこの在り方は時代の中にあってほとんど必然的に起こるしかなかったものでもあったしで、作中では「おまえがこの悲劇の原因となったのだ」という呵責の文字がいろんな場面で踊りまくるけれども、実際はその確実な原因なんて辿れようもない意味でのやるせなさ、後味の悪さがしっかり表現されていたのも好きでした。「時代」というものの大きな流れの怖さだよなあと各章を通してしみじみと思えるようになっていたと思います。
その中でも第1章のキツネのところもそういう意味ではこの初手にちょっと変則的な立ち位置にもなっていて、和魂的神であった最初の神を信愛する彼らはどんどん身勝手になっていく人間と決別し、嫌悪し、むしろ目の前にいたら殺気立ちというものになっていたのも、全体をプレイし終えた後に振り返ると、ある意味保守的に愛していた牧歌的世界で生きようとしていたというか、なかなか味わい深い立ち位置だったんだなあと思えるし、そのキツネたちの中にさえもコミュニティー内に根付く呪いがあったり、そこから反発する形でむしろ現代日本の人間社会に飛び出していくキツネが現れたという構造になっていたんだなあとか、第1章プレイ時点ではその章のキーとなったキツネのキツネ生の熱さばかりに目が行っていたけれど、後からそういうところにも深みが出ていて面白かった。
それにこの第1章だけは「後悔」みたいなものも少なくともメインストリームのところにはないお話になっていたとも思う(今後にも響いてくるこの村の実態部分については除く)。主人公がこのキツネの背中を押して未来に進む手伝いをできたという点でも特異な章だったと思う。他の章だとほぼほぼ対象の後悔を無くしていってこの世の未練を断ち切ってあげるという、済んでしまったことへの対応をする話になっていたので。
個人的には第3章の劇場で登場したピアノの所にいる怨霊回りの顛末が好きでした。カルト教団が電車内で毒物散布したという事件を模倣したまた別の事件のせいで恋人を亡くしてしまった人が、その執着のためにずっと彼女に聞いてもらいたい曲を弾き続けている怨霊という設定でもだいぶ好きなのだけれども、主人公が接触するときにはもうほとんど相手が誰なのかも見分けられなくなっていて、主人公を彼女だと思ってピアノ聞いてもらおうとする……とか、あくまで物語全体から見ればものすごく端っこにある小話なのだけれども、ぐっときました。最終的に劇場に染み付いていた呪いを解放することで恋人と再会できて、自分ももうこの場所に囚われなくなって旅をすることにしたというのもまた爽やかで良かったです。
他にも1章のカカシとかニワトリ、シカとかもそうなのだけれど(ダムの件があるが)、物語に登場した脇役たちもほぼほぼ日の当たるほうに行くキャラクターが多くてなんだかこっちも救われるところがありました。
本作は番外編というものをのちのち公開する予定らしいので、そこで扱うことになるのかなとは思うけれど、本作をやっても、結局、核心の一つであるカルト教団に関してはほとんどただの材料として扱われただけで本編自体は終わってしまったので(トゥルーエンドだと最後の最後でなんか不穏な空気は出されるのですが)、いつかここが補強されるといいなと思いました。日本にとってここでパロディー化されているカルト教団というものってだいぶセンシティブなものなのは言うまでもないことなので、もう少し踏み込んで何かあればいいなというか。
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肯定的
プレイ時間:
232 分
子細を書くとネタバレになるので伏す。
シナリオゲーとしてはかなりの良作。
エンディング到達の実績解除におけるEND.Noと実際のゲーム上でのEND.Noが一致していないという軽度なミスが存在する。
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肯定的